ここでは、これから自転車通勤制度を導入する事業者や、制度の見直しを行う事業者のために、その制度設計において検討すべき事項をまとめています。

検討にあたって留意すべきポイント

検討にあたって留意すべきポイントは次のとおりです。

(1)日によって通勤経路や交通手段などが異なることを認める制度設計

(2)(1)による事故時の責任や労災認定の明確化と生じるリスクへの対応

(3)(1)を考慮した自転車通勤手当の設定

(4)自転車通勤にあたって必要な施設の整備(駐輪場など)

 

検討すべき事項の全体像

自転車通勤制度の導入時に検討すべき事項の全体像は、次のとおりです。

(1)対象者
(2)対象とする自転車
(3)目的外使用の承認
(4)通勤経路・距離
(5)公共交通機関との乗り継ぎ
(6)日によって異なる交通手段の利用
(7)自転車通勤手当
(8)安全教育・指導とルール・マナーの遵守
(9)事故時の対応
(10)自転車損害賠償責任保険等への加入
(11)ヘルメットの着用
(12)駐輪場の確保と利用の徹底
(13)更衣室・シャワー・ロッカールームなど
(14)申請・承認手続き

 

検討すべき事項の解説

(1)対象者

・自転車通勤の対象者を定めるにあたり、健康状態を考慮することが重要です。

自転車通勤による事故やトラブルを防ぐためには、自転車通勤の対象者を定めるにあたり、従業員の健康状態などを考慮することが重要です。

規定例

(利用者)
自転車通勤は、原則として、自転車を運転することができる健康状態にある従業員に限り認める。

(2)対象とする自転車

・従業員が安全に通勤できるよう、使用する自転車の安全基準を定めることが重要です。

安全な自転車通勤を促進するためには、従業員が通勤に使用する自転車の安全基準を定めることが重要です。

・自転車の安全に係わる装備は法律に準拠し、正しく装着されていること
・定期的な点検・整備を行っている など

定めた安全基準を適切に運用していくためには、定期的な従業員への周知や、自転車安全整備士が点検確認した自転車であることを示す TS マーク※1 の取得義務づけなど、年 1 回の販売店による点検・整備が望まれます。

また、盗難の防止や盗まれた場合の被害回復の観点から、自転車利用者に対し、都道府県公安委員会が指定する団体での防犯登録が義務付けられています。

規定例

(対象とする自転車)
通勤に使用する自転車は、以下に適合するものとする。

1 自転車の安全に係わる装備は法律に準拠し、正しく装着されている自転車とする。
2 定期的に正しく整備・点検された自転車とする。
3 防犯登録された自転車とする。

※TS マークとは、自転車安全整備士が点検確認した普通自転車(道路交通法第 63 条の 3)に付与される証明書であり、電動アシスト自転車も対象となる。

自転車の安全に係わる法定装備

(前照灯)
道路交通法第52条第1項、道路交通法施行令第18条第1項第5号、(例示)東京都道路交通規則第9条第1号で定める前照灯=夜間又は暗所等において、光の色は白色か淡い黄色で10mの前方の交通上の障害物が視認できる光度を有するもの。

(反射板)
道路交通法第63条の9第2項、道路交通規則第9条の4=後方100mから道路運送車両法の保安基準第32条第1項に定める基準に適合するヘッドライトで照らしてそのクルマの運転者が反射光を認識できる性能を持ち、その反射光の色は赤か橙色の反射板とする。

(尾灯)
道路交通法第52条第1項道路交通法施行令第18条第1項第5号、(例示)東京都道路交通規則第9条第 1 項第2号=赤色で夜間、後方100mの距離から点灯を確認できる光度を有する尾灯。ただし、法定の基準の反射板を備えているときは尾灯をつけなくても良い。

(警音器(ベル等))
道路交通法第71条第6号、(例示)東京都道路交通規則第8条第9号=警音器の整備されていない自転車を運転しないこと。

(ブレーキ)
道路交通法第63条の9第1項、道路交通法施行規則第9条の3=前輪と後輪を制動し、路面が平らな舗装路面を時速10kmで走行している時にブレーキをかけてから3m以内にスムーズに止まれる性能を持ったブレーキ。

【出典:電子政府の総合窓口 道路交通法施行規則より】

防犯登録の義務付け

【自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律】
(自転車等の利用者の責務)
第12条 第3項 自転車を利用する者は、その利用する自転車について、国家公安委員会規則で定めるところにより都道府県公安委員会が指定する者の行う防犯登録(以下「防犯登録」という。)を受けなければならない。

【出典:電子政府の総合窓口 自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律より】

(3) 目的外使用の承認

・可能な限り柔軟な移動ができるよう目的外使用の承認が必要です。

ひとえに自転車通勤といっても、用務場所への直行直帰や自転車通勤途中の立ち寄りなども想定され、目的外使用の厳密な線引きが難しいことから、可能な限り柔軟な移動ができるよう目的外使用の承認が必要です。

ただし、移動目的に応じて、自転車事故の「責任の所在」や「労働災害の認定」の取り扱いが異なるため、従業員・事業者とも対人・対物への損害賠償を補償する保険に加入するなどの対策が必要です。

(4) 通勤経路・距離

・自転車通勤を認める距離を明確にする必要があります。また、従業員の自転車通勤経路や距離を把握しておくことが重要です。

極端に短い距離や長い距離で自転車通勤の申請がされる場合も考えられることから、事業者として認める自転車通勤距離を明確にする必要があります。

また、事業者は、以下の理由から、従業員の自転車通勤経路や距離を把握しておくことが重要です。

・自転車通勤経路や距離の合理性の確認
・自転車通勤距離に応じた通勤手当を支給する場合の通勤距離の確認
・ 万が一、災害が発生した場合における従業員の安否確認 など

規定例

(通勤経路)
住居から勤務地までの通勤経路は、合理的な経路をとるものとし、事業者の承認を得るものとする。また、通勤規制等の合理的な理由による、他の経路への迂回を認めることとする。

(通勤距離)
自転車通勤距離が〇km 以上〇km未満の場合に、当該区間での自転車通勤を認めるものとする。

(5) 公共交通機関との乗り継ぎ

・自転車と公共交通機関との乗り継ぎを認めることも必要です。

自転車通勤には公共交通を乗り継ぐケースとそうでないケースがあり、これらを踏まえて制度設計を行うことが必要です。

乗り継ぐケース :
自宅から最寄り駅や、最寄り駅から事業所まで自転車で通勤

乗り継がないケース :
自宅から事業所まで自転車で通勤

規定例

(公共交通機関との乗り継ぎ)
従業員は自宅から勤務地までの合理的な経路上において、公共交通機関がある区間について、自転車と公共交通機関を乗り継げるものとする。

(6) 日によって異なる交通手段の利用

・日によって交通手段の変更を認めることも重要です。

晴れの日は自転車、雨の日は公共交通といったように、日によって交通手段が異なる場合も考えられます。

普段利用していない交通手段でも、「合理的な交通手段(電車やバスなどの公共の交通機関、自動車、自転車、二輪車、徒歩)」であれば、労働災害(通勤災害)が認められることから、日によって交通手段の変更を認めることも重要です。

規定例

(公共交通機関との乗り継ぎ)
従業員は自宅から勤務地までの合理的な経路上において、公共交通機関がある区間について、自転車と公共交通機関を乗り継げるものとする。

(7) 自転車通勤手当

・日によって異なる交通手段を利用できるような支給額の設定が望まれます。

従業員は自転車通勤によって、駐輪場代や自転車損害賠償責任保険等の保険料や掛け金、自転車のメンテナンス費など、一定の費用を負担することになります。
また、雨の日には別の交通手段を利用するなどにより、別に交通費が発生する場合も考えられます。

事業者はこうした従業員の実情と公平性、コストなどを考慮して、自転車通勤手当の支給額を検討することが重要です。

支給額を一律定額とする場合は、自転車通勤で最低限必要な額を下回らないように設定することが重要です。

さらに、自転車通勤への転換を促すために、クルマ通勤が多い地方部では、クルマ通勤と同程度の手当を設定し、公共交通による通勤が多い都市部では、公共交通の定期代相当額を手当として支給するなど、日によって柔軟に交通手段を選択できるような手当の支給方法もあります。

なお、給与に加算して支給する通勤手当は、一定額を超える場合には非課税の対象外となることに留意する必要があります。

 

自転車通勤手当の支給額の設定方法例

自転車通勤手当の支給額の設定方法例

 

・都市部・地方部問わず、月間の駐輪場代は1,501~3,000 円が最も多い

全国の自転車通勤者を対象とした調査結果より、都市部、地方部を問わず、月間の駐輪場代は1,501~3,000 円だった従業員は全体の47%を占めています。

 

・自転車通勤者の月額駐輪場代
【自転車通勤者アンケート調査より】

自転車通勤者の月額駐輪場代

 

・給与所得者に支給する通勤手当の非課税限度額

給与所得者に支給する通勤手当の非課税限度額

(8) 安全教育・指導とルール・マナーの遵守

・従業員に自転車の交通ルール・マナーを正しく理解させるとともに、その遵守を図る仕組みづくりが重要です。

事故やトラブルを未然に防ぐためには、従業員に「自転車安全利用五則」などの交通ルールや、マナーを正しく理解してもらう安全教育・指導を適切に行うことが重要です。

また、従業員のルール・マナー遵守を図るため、自転車通勤の条件として「安全教育・指導の受講」を義務化するなどを検討することも重要です。

規定例

(安全教育・指導)
自転車通勤する者は、自転車の交通安全に関する教育・指導を受講すること。

(ルール・マナーの遵守)
自転車通勤する者は、交通規則や自転車の利用マナーを遵守すること。

 

・自転車安全利用五則

自転車安全利用五則

 

・安全教育・指導の種類

安全教育・指導の種類

 

・自転車シミュレータを用いた安全教育により、体験者の8 割以上で安全運転意識の向上に効果アリ

職場の空きスペースを活用して、誰でも安全に自転車の運転を体験しながら自転車ルールを学ぶことができる自転車シミュレータでは、その体験者の8 割以上で安全運転意識の向上に効果があったという結果が出ています。

(9) 事故時の対応

・事故時に事業者・従業員の双方が行うべきこと明確にしたマニュアル、緊急連絡体制の作成と周知が必要です。

従業員が自転車通勤途中で事故を起こした際は、人命第一を基本として、道路交通法で定められた措置を冷静に行う必要があります。そのためには、事故時の対応を事業者・従業員の双方があらかじめ把握しておくこと、従業員から会社への報告も忘れずに行うことが重要となります。

そこで、事業者・従業員が事故時に行うべきことを明確にしたマニュアル(優先順位と手順)と緊急連絡体制を作成し、従業員へ周知することが必要となります。

規定例

(事故時の対応)
自転車通勤途上に交通事故の当事者となった場合は、負傷者の救護および警察への届出を行うとともに、速やかに会社に報告し、会社の指示に従って行動しなければならない。

 

自転車事故直後の対応の例

自転車事故直後の対応の例

会社への報告マニュアル例

会社への報告マニュアル例

(10) 自転車損害賠償責任保険等への加入

・従業員・事業者とも「自転車損害賠償責任保険等」への加入が必要です。また、賠償額は1 億円以上であることが望まれます。

・シェアサイクルを利用する際は、当該シェアサイクル事業者が自転車損害賠償責任保険等に加入していることを確認することが重要です。

通勤時に従業員が他人を死傷させた場合や他人の物を壊した場合に発生した対人・対物賠償責任は従業員自身が負いますが、事業活動中の事故であると認められた場合、事業者の使用者責任が問われ損害賠償責任を負うことになります。

そのため、従業員だけでなく、事業者も損害賠償責任に備え、対人・対物への損害賠償を補償する「自転車損害賠償責任保険等」への加入が必要となります。賠償額は1 億円以上であることが望まれます。

また、労働災害として認定された場合、従業員の負傷等の補償に労災保険が適用されますが、対人・対物賠償責任に対して労災保険による補償は適用されないことに留意が必要です。

また、従業員が負傷した場合、労働災害として認められなければ、健康保険が適用され、医療費の一部は従業員の自己負担となります。そのため、従業員は民間保険会社が販売する「傷害保険」にも加入することが望まれます。

自転車通勤をする際に従業員・事業者が加入すべき保険

 

自転車通勤をする際に従業員・事業者が加入すべき保険

 

自転車損害賠償責任保険等は種類に応じてその補償内容や補償限度額が異なることに留意する必要があります。代表的な例を下表のとおりです。事業者はこれらの違いを踏まえて、どのように保険に加入すべきかを検討する必要があります。

 

保険加入により適用される補償

 

※1:TSマーク付帯保険とは、自転車安全整備店で点検・整備をした普通自転車に貼付されるTSマークに付帯するもので、自転車事故が起こった際の補償は搭乗者に適用されます。

※2:団体保険とは、事業者が保険会社と契約する保険契約となり、「任意加入型」、「全員加入型」の2 種類があります。

また、団体保険に入るメリットは次のとおりです。

・保険料が団体割引で安くなる
・上記より、従業員に必要な保険の加入促進につながる
・ 従業員の加入状況を簡単に確認できる

なお、シェアサイクルを自転車通勤手段として利用する際は、以下の点に留意する必要があります。

・当該シェアサイクル事業者が自転車損害賠償責任保険等に加入しているか確認する
・当該シェアサイクル事業者が未加入の場合、従業員自身で加入する必要がある

規定例

(自転車損害賠償責任保険等への加入)
自転車通勤する者は、必ず従業員自身の怪我による入院・通院などが補償される保険と1 億円以上の損害賠償を補償する保険に加入するとともに、保険証券の写しなど保険加入内容が確認できる書類を提出することとする。

(シェアサイクルの利用)
シェアサイクルを利用する場合も上記保険への加入を義務付けるものとする。

 

・自転車事故により1億円近い高額の賠償金が課せられるケースも

自転車事故により1億円近い高額の賠償金が課せられるケースも

【出典:一般社団法人日本損害保険協会】

(11) ヘルメットの着用

・ヘルメット非着用では、致死率が着用時の約2.5 倍に高まります。

自転車乗用中死者の損傷部位は、頭部が約6割を占めています。従業員の安全性確保のために、ヘルメット着用を周知することが重要です。

規定例

(ヘルメットの着用)
自転車通勤する者は、ヘルメットの着用に努めること。

自転車乗用中死者・負傷者の人身損傷主部位比較(平成26 年~平成30 年合計)
注:「人身損傷主部位」とは、損傷程度が最も重い部位(死亡の場合は致命傷の部位)をいう。
「その他」とは、顔部、腹部等をいう。

 

(ヘルメットの着用)

自転車乗用中のヘルメット着用状況別の致死率比較(平成21 年~平成30 年合計)
注:「致死率」とは、死傷者のうち死者の占める割合をいう。

 

自転車乗用中のヘルメット着用状況別の致死率比較(平成21 年~平成30 年合計)

(12) 駐輪場の確保と利用の徹底

・従業員の利便性とコストなどを考慮しながら駐輪場を確保し、従業員に正しく駐輪場を利用させることが重要です。

従業員による放置自転車を発生させないためにも、事業者は駐輪場を確保し、従業員に正しく駐輪場を利用させる必要があります。

事業者は、コストと従業員の利便性(事業所に近くて便利な場所)などを考慮しながら駐輪場の確保について検討することが重要です(図 21)。なお、屋根がある駐輪場、盗難の心配が少ない屋内型の駐輪場などは、自転車通勤を促すインセンティブとなります。

駐輪場確保のための検討フロー

 

駐輪場確保のための検討フロー

事業者として駐輪場の確保が難しい場合は、従業員に周辺の駐輪場やシェアサイクルの利用を周知する必要があり、必要に応じてその費用を手当に含めるなどの対策を行うことが重要です。

また、従業員に駐輪場を正しく利用させるための周知を行うほか、従業員に駐輪場の確保と利用を義務づけるなど、正しい駐輪場の利用を促す仕組みづくりも重要です。

規定例

(駐輪場の利用)
自転車通勤する者は、駐輪が許可されている場所を確保するとともに、その駐輪場を正しく利用しなくてはならない。

(13) 更衣室・ロッカー・シャワールームなど

・更衣室・ロッカー・シャワールームなどで自転車通勤が快適になります。

従業員にとっての自転車通勤の悩みは汗をかき、衣服にしわが寄ってしまうことです。
事業所に更衣室やロッカー・シャワールームがある場合、自転車通勤者へ開放することで快適な自転車通勤の実現につながります。ない場合には、事業所内への整備を検討するほか、周辺に類似の施設があれば、その利用料金を手当てに含めるなどの検討も重要です。

また、事業所に空気入れや工具を用意しておくことは、安全・安心・快適な自転車通勤につながるとともに、従業員による自主的な自転車の点検・整備につながることからも重要です。

規定例

(更衣室・ロッカー・シャワールームなどの利用)
自転車通勤する者は、事業所が指定する更衣室・ロッカー・シャワールームを利用できるものとする。

 

・スポーツバイクでも安心して駐輪でき、更衣室やロッカー、シャワーを備えた屋内型駐輪場サービスの事例

スポーツバイクでも安心して駐輪でき、更衣室やロッカー、シャワーを備えた屋内型駐輪場サービスの事例

 

・自転車で通勤する従業員のために事業所に空気入れを設置した事例

自転車で通勤する従業員のために事業所に空気入れを設置した事例

(14) 申請・承認手続き

・円滑な手続きなどのためには主管部署を定めるとともに、従業員への周知が重要です。

制度設計や申請・承認手続き、安全管理などを円滑に行うには、それらを主管する部署を定めるとともに、申請の手続き方法などを従業員に周知することが重要です。

また、自転車通勤申請者を管理する方法の一つとして、許可証シールによる運用は、管理の簡素化と従業員の適切な自転車利用を促す上で有効です。

規定例

(主管部署)
自転車通勤に関する許可などの主管部署は、〇〇とする。

(許可申請)
自転車通勤を希望する者は、所定の申請様式を(主管部署)にて定める部署へ提出のうえ、許可を受けなければならない。
事業者は、自転車通勤を許可した者に対し、「許可証シール」を交付する。許可を受けた者は、それを速やかに自転車の視認できる箇所に貼付しなければならない。

 

・自転車通勤の「許可証シール」により管理の簡素化と従業員の意識啓発を両立

自転車通勤の「許可証シール」により管理の簡素化と従業員の意識啓発を両立