労働関係

法律相談

私はA国に本社のあるX社に入社し、企業内転勤で日本支社に転勤してきました。雇用契約書には、準拠法はA国法、管轄裁判所もA国首都の地方裁判所と定められています。日本の法律に基づいて日本の裁判所で残業代を請求できますか。

 

国際裁判管轄については契約書に別の定めがあっても、原則として日本の裁判所に裁判を起こすことができます。そして、残業代についての労働基準法の規定は、強行規定ですから、準拠法についての合意があっても、日本法に基づき残業代を請求できます。

国際裁判管轄についての規定の概要

民訴法は、3条の2以下に、国際裁判管轄についての規定を置いています。そして、3条の4第2項において、労働者からの事業者に対する訴えは、労務の提供の地が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができると定めています。

もっとも、国際裁判管轄についても、一般的には、3条の7第1項において、合意管轄を認めています。

しかし、労働者に一方的に不利な合意管轄が定められるおそれのある労働契約については、同条6項に特則が設けられており、将来において生ずる個別労働関係民事紛争を対象とする管轄合意は、労働契約の終了の時にされた合意であって、その時における労務の提供の地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨を定めたものであるときに限り効力を有すると定めています。

なお、その国の裁判所にのみ訴えを提起することができるという、専属的合意管轄の定めについては、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなすと規定されており、結局、専属的合意管轄の定めは認められないということも定められています。

ただし、労働者の側が当該合意管轄に従って裁判を起こしたり、当該合意管轄を援用したりした場合は別です。

ここで「個別労働関係民事紛争」というのは、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に「関する紛争」(民訴法3条の4第2項)と定義されており、解雇雇止めや賃金・退職金に関する紛争はもとより、安全配慮義務違反の損害賠償、職場内のパワーハラスメント・セクシャルハラスメントなど労働関係に関するものはすべて含まれますが、労働組合等の労働者の団体が当事者となる労働紛争は含まれません。

「将来において生ずる」(同法3条の7第6項)という限定が加えられているのは、既に起きた労働紛争について管轄を合意する場合には、労使の力関係により事業主に一方的に有利な管轄が合意されるおそれが乏しいからです。

労務の提供の地がある国の裁判所は、上記のように法が定めた国際裁判管轄ですから、結局のところ、それ以外の合意管轄は認めないということです。

残業代請求は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について、個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争であり、日本支社で勤務していたのであれば、労務の提供の地がある国は日本ですから、契約書にA国首都の地方裁判所という合意管轄の定めがあったとしても、日本の裁判所に残業代請求の裁判を起こすことができます。

2法適用通則法の規定の概要

法適用通則法は、まず一般的に、法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法によると定めているので(同法7条)、雇い入れの際の労働契約で準拠法を定めていれば、それによるということになります。

しかし、労働契約については特則があり、契約で定めた準拠法が、最密接関係地法以外の法である場合であっても、労働者が最密接関係地法の中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、その強行規定をも適用すると定め、さらに、労務を提供すべき地の法(各国を飛び回っている場合のようにその労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法)を最密接関係地法と推定すると定めています(同法12条)。

3特定の強行規定

時間外労働についての労働基準法(以下、「労基法」という)の定めは、労働者の生活と健康を保護し、労働者の家庭生活などの私的な時間を確保するために設けられた規定であり、もちろん強行法規です。

もっとも、強行法規の中には、刑罰法規のように、法律自身が自らの一定範囲での適用を明確に定め、これに反する他の法規の存在を排除しているとみなし得る法規があります。

そのような法規は、その法律の適用範囲にある法律関係に対して直接に適用され、労働者が当該強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示しなくても、やはり適用されます。

このような強行法規を絶対的強行法規と呼ぶことができます。

法適用通則法12条は、労務を提供すべき地の法を最密接関係地法と推定すると定めていますが、この推定を覆す事情がある場合もあるでしょう。

しかし、労基法中の絶対的強行法規とみるべき規定は、日本国内の事業である限り、最密接関係地法が日本法でなくとも適用があるということができます。

何が当事者意思を完全に排斥して適用される絶対的強行法規で、何が当事者の選択を許す民事的強行法規なのかという区別は、個々の法規の政策目的・内容・法形式等を考慮して判断すべきものとされています。

もっとも、絶対的強行法規といっても、これより労働者に有利な定めをすることを禁ずるものではありません。

ですから、当事者が準拠法として定めた法の規定が労働契約の内容として黙示的に継受されているとみれば、日本の労基法の絶対的強行法規よりも、労働者に有利な規定に基づいた請求ができることになります。

ですから、本事例においては、日本の労基法32条、37条、「労働基準法第37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」に基づいた残業代の請求をすることができ、また、A国法のほうが有利だと考えれば、A国法を適用した上での残業代の請求をすることもできます。