法律相談
私は、日本人女性です。アメリカ留学中に知り合ったアメリカ人の男性と5年前に結婚し、3年前に長男が生まれました。長男は日本とアメリカの二重国籍です。結婚以来、ずっとアメリカに住んでいますが、現在、里帰りのため、息子と2人で日本に帰国しています。夫との関係はうまくいっておらず、最近は夫が私に暴力をふるうこともあります。このまま日本に残りたいと思いますが、大丈夫でしょうか。
アメリカに住んでいた子を配偶者の同意を得ることなく日本に住ませた場合には、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(以下、「ハーグ条約」という)に基づき、子の常居所地国であるアメリカに子の返還を命じられる場合があります。
1ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)とは
日本では、2014年4月1日にハーグ条約が発効しました。北米、欧州、中南米諸国等の103か国がハーグ条約の締約国となっています(2022年11月18日現在)。
ハーグ条約には、2つの目的があります。
1つ目は、国境を越えた不法な連れ去りや留置があった場合に、子どもを迅速に常居所地国に返還することです。
留置とは、休暇等の一時的な渡航については他方の監護者が同意していたものの、目的や期限の後も子を常居所地国に戻さず、外国に留め置くことを指します。
連れ去りと留置を合わせて、「連れ去り等」といいます。
他の締約国に住んでいた子が不法な連れ去り等により日本に連れてこられた場合を「インカミング・ケース」、日本に住んでいた子が不法な連れ去り等により他の締約国に連れていかれた場合を「アウトゴーイング・ケース」といいます。
ハーグ条約の2つ目の目的は、国境を越えた面会交流の機会を確保することです。
子の返還や国境を越えた面会交流を求める当事者は、締約国や日本にある中央当局に援助を求めることができます。
日本の中央当局は外務大臣と指定されており(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(以下「実施法」という〉3条)、援助決定がなされると、子の返還や子との面会交流に関し、裁判外紛争解決手続(ADR)機関の紹介、弁護士の紹介を含めた日本で裁判手続を行うための支援、面会交流支援機関の紹介など、様々な支援が受けられます。
援助申請の方法や援助の内容については、外務省のハーグ条約に関するホームページに詳しく説明されています。
子の返還命令等の司法手続については、実施法に定められています。
2外国から日本に子が連れ去り等された場合(インカミング・ケース)
(1)子の常居所地国への返還
①原則は子の常居所地国への返還
任意の子の返還の話し合いができない場合などには、子の常居所地国に残された親(以下、Left Behind Parent,“LBP”という)は、連れ去った親(以下、Taking Parent,”TP”という)に対し、日本の家庭裁判所で子の返還を申し立てることができます。
返還申立については、管轄は子の住所地により定められ、東京家庭裁判所と大阪家庭裁判所のいずれかとなります(実施法32条)。
監護権の侵害を伴う国境を越えた子の連れ去り等は子の利益に反し、どちらの親が子を監護すべきかという判断は、子の常居所地国で行われるべきであるとして、子が16歳未満の場合で、現に日本にいる場合には、原則として子の常居所地国に返還をすることが命じられます(実施法27条)。
当事者の国籍は関係なく、日本人夫婦の場合でも、国境を越えた不法な連れ去り等が起こった場合には、子の常居所地である締約国への返還が命じられます。
当事者の一方が外国籍者であったとしても、日本国内での連れ去り案件にはハーグ条約は適用されません。
②子の返還拒否事由
①子の返還の申立てが連れ去り等から1年以上後に行われ、かつ、子が新たな環境に適応している、
②LBPが監護の権利を行使していなかった
③LBPの同意又は承諾があった、
④返還によって子の心身に害悪を及ぼすなど子を耐えがたい状況に置くこととなる重大な危険がある、
⑤子の異議がある場合等は、
子の返還を拒否する事由となります(実施法28条1項)。
「重大な危険」については、過去のLBPからTPに対する暴力の強度や頻度、常居所地国で暴力からの保護を受けるための制度等についても考慮される可能性があり、過去に暴力を振るわれたことがあるとしても、必ずしも返還拒否事由が認められるとはいえません。
本事例では、子が3歳で、生まれてからずっとアメリカに住んでいることから、子の常居所地国はアメリカと考えられます。
里帰りのために子を日本に連れてくることについて、子の父の同意はあるようですが、子が日本に住むことの同意まではないようですので、このまま子が日本に住み続ければ、留置となります。
アメリカはハーグ条約の締約国なので、子の父から返還申立がなされれば、返還拒否事由が認められない限り、原則として子はアメリカに返還を命じられることになります。
(2)面会交流
子が日本におり、面会交流を求める親が他の締約国にいる場合には、連れ去り等がなくても、日本の中央当局である外務大臣の援助の対象となります。
他の締約国に住む親は、子の住所地を管轄する家庭裁判所だけではなく、東京家庭裁判所又は大阪家庭裁判所にも面会交流の調停又は審判の申立てを行うことができます(実施法148条)が、具体的な面会交流調停や審判の手続は、通常の国内事件と同様です。
3日本から他の締約国に子が連れ去り等された場合(アウトゴーイング・ケース)
連れ去られた子が16歳未満で、他の締約国にいる場合には、日本の中央当局である外務大臣に対し、外国に連れていかれた子の返還の援助の申請を求めることができます(実施法21条)。
連れ去られた先で、どのような手続が行われるかは、国によって大きく異なりますので、日本の中央当局に確認する必要があります。