法律相談2

法律相談

私の住んでいる街でヘイトスピーチのデモと集会が行われることが予告されています。これらを事前に阻止する方法はありますか。

 

裁判所により禁止の仮処分命令を得られる可能性があります。また、公共施設を利用する予定であれば、地方公共団体が利用不許可とできる可能性もあります。

1ヘイトスピーチ・ヘイトクライムとは何か

ヘイトスピーチとは、歴史的・構造的に差別されてきた人種、民族、社会的出身、国籍、性別、性的指向、障がいなどの属性に基づくマイノリティ集団・個人に対する、属性を理由とする、言動による差別、とりわけ差別の煽動を意味します。ヘイトクライムはこのような差別意識に基づく犯罪であり、物理的暴力を伴うことが多いのが特徴です。

ヘイトスピーチは、マイノリティに属する人々を平等な人間・社会の一員として認めないというメッセージ性を持つもので、被害者の心身を害し、平穏な日常生活を破壊するのみならず、被害者がヘイトスピーチを受けた場所に行けなくなる、外に出られなくなるなどの影響を与えます。

また、被害者は、被害を訴え反論することで、新たな攻撃を誘引することを恐れるため、被害者を沈黙に追い込み、社会から排除することになります。

さらに、社会全体に対する害悪としては、マイノリティへの差別・暴力をはびこらせ、マイノリティ及び平等に関する言論を萎縮させることで、民主主義を破壊し、ひいては社会をジェノサイド(虐殺)や戦争へと導くことがあります。

ナチスによるユダヤ人等の虐殺はナチスによる反ユダヤ人キャンペーンから、ルワンダのツチ族虐殺は「ツチ族はゴキブリだ、たたき殺せ」などというヘイトスピーチから始まりました。

日本においても、関東大震災の直後、「朝鮮人が井戸に毒を投げた」等のデマとヘイトスピーチを引き金に、少なくとも数千人の朝鮮人・中国人が虐殺されています。このように暴力・ジェノサイドへ直結することからも、ヘイトスピーチが単なる「不快」「不適切」な表現ではないことは明らかです。

表現の自由の重要性から、ヘイトスピーチについては法規制ではなく対抗言論で対処すべきという意見も多く聞かれます。しかし、ターゲットにされているマイノリティが人数において少数であること、マイノリティの発言する機会が法律上及び事実上少ないこと、並びに、反論することでなお一層へイトスピーチのターゲットとされることなどから、ヘイトスピーチを対抗言論で解決するのは現実的ではありません。

2国際人権法及びヘイトスピーチ解消法

国際人権法上、ヘイトスピーチは「差別、敵意又は暴力の扇動」(市民的及び政治的権利に関する国際規約20条2項)及び「差別の・・・扇動」(あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約〈以下、「人種差別撤廃条約」という〉4条本文)に該当し、国及び地方公共団体はそれを「禁止し、終了させる」義務を負っています(同条約2条1項(d))。

ヘイトスピーチ解消法が2015年5月24日に成立し、2016年6月3日に公布・施行されました。これにより、国が初めてヘイトスピーチを差別と認め、その害悪の重大性を認めたことになりました。一方で、禁止規定や制裁規定がなく実効性が弱いこと、及びヘイトスピーチの定義の中に適法居住要件が含まれていることなど、課題も多く残っています。

3ヘイトスピーチをめぐる裁判例

裁判例では、特定の個人や団体を対象とする街頭でのヘイトスピーチについて民法上の不法行為と認める判決や、特定の団体の事務所周辺でのヘイトデモを差し止める仮処分命令が出されています。

【京都地判平成25・10・7判時2208号74頁】は、京都の朝鮮学校(小学校及び幼稚園に相当)の前で、市民グループのメンバーが3回にわたり威圧的な態様で侮蔑的な発言を多く伴う示威活動を行い、その映像をインターネットで公開した事案で、これらの行為を学校法人に対する業務妨害及び名誉毀損による不法行為として損害賠償請求を認容した上、将来における同様の示威活動に対する差し止め請求も認容しました。

この中で裁判所は、被告側の「在日朝鮮人に対する差別意識を世間に訴える意図」を認定し、示威活動が人種差別撤廃条約の規定する人種差別に該当すると認定しています。

【横浜地川崎支決平成28・6・2判時2296号14頁】は、在日コリアンが多数居住する地域において民族差別解消に取り組む社会福祉法人が、過去に同地域で差別的言動によるヘイトデモを主宰した者に対し、事務所周辺でヘイトデモの差し止めを求めた事案で、裁判所は人格権に基づく妨害排除請求権として差し止めを認める仮処分命令を出しました。

この中で、裁判所は、イトスピーチ解消法の定義するヘイトスピーチについて、人格権に対する違法な侵害行為にあたるものとして不法行為を構成すると判断し、ヘイトスピーチはその態様と合わせて考慮すると、憲法の定める集会や表現の自由の保障の範囲外であることは明らかであり、私法上も権利の濫用であるとしています。

同様に、【大阪地決平成28・12・20判例集未搭載】も、ヘイトデモ差止仮処分命令を出しています。その後、債務者が仮処分に従わなかったため、【大阪地決平成29・3・2判例集未搭載】は、仮処分に違反した場合、1日あたり60万円を支払うよう命じる決定も出しています。

4地方公共団体による「公の施設」の使用許可

地方公共団体は、ヘイトスピーチの解消のための施策を講じる義務を負っています(人種差別撤廃条約2条1項(b)(d),ヘイトスピーチ解消法4条2項)。

そのため、ヘイトスピーチの行われるデモや集会のために公共施設の利用申請がされた場合には、地方公共団体は公共施設の管理権に基づき、利用を許可しないなどの適切な措置をとることが要請されます。

これは地方公共団体の責務として行われるものですので、ヘイトスピーチの対象が特定の個人や団体である必要はありませんし、誰でも地方公共団体に対して適切な措置をとるように求めることができます。

神奈川県川崎市では、ヘイトスピーチ解消法に基づく「『公の施設」利用許可に関するガイドライン」が施行されています。また、東京弁護士会は、2015年に「地方公共団体に対して人種差別を目的とする公共施設の利用許可申請に対する適切な措置を講ずることを求める意見書」を出しています。

一方で、道路におけるデモ自体については、法令上、道路の機能を著しく害するような態様で行われる場合でなければ、道路の使用を不許可とすることは困難です(道路交通法77条1項ないし3項)【最判昭和57・11・16刑集36巻11号908頁参照】。

ただし、デモの多くは公園などの公共施設を集合場所・出発地点・終了地点とするため、2016年5月31日、川崎市長がヘイトスピーチを含むデモを主催してきた人物が申請した川崎区の2つの公園の使用を不許可としたように、公共施設の利用を不許可とすることで、デモ自体の実行を事実上困難にすることは可能です。